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車の自動運転は可能か? [自動車]

トヨタをはじめとして何年か後に実用車としての車の自動運転の実用化を目指しているという。多分、いまの先端技術をもってすれば、コストの問題を除けば可能なのであろう。しかし運転するのは誰か?となれば、当然「コンピュータ」。現在の車でも高速道路に限れば、かなりの部分自動運転が可能である。だから、当面目指している高速道路に限ればそう困難なことはない。実際私もかなりな部分、その恩恵には浴している。それでも危険、もしくはそれに近い状態になった時、今のところ、人間の判断力の方が正しいと思う。コンピュータに任せても、目をつむったままでも先の車に正確に追随し、車線からはみ出ないようにし、横から急に車線に入られても反応してブレーキをかけることまではしてくれる。

だが、やはりコンピュータは100%信用できる、とはならず、居眠り運転してもいい、という確信は持てない。当たり前のことだが、コンピュータは機械である。機械は常に正しく作動してくれると限らないのは、先日のタイヤの空気圧の異常を誤って検知したことでもわかる。こんな単純なことすら正確ではないとすれば、複雑怪奇な大都会の運転も機械任せで大丈夫な時代が来るとは思えない。

もとより人間だってミスはする。だから事故は起きるのであるが、コンピュータの誤作動は車に限らずなんでも起きるし、自動運転が可能になる将来には、サイバー攻撃で自動運転を瞬時にして無力化する技術も当然発達するであろう。だから自動運転の車ができても,車内で酒を飲むのも,居眠りをするのも自由、ひとりでに目的地まで運転して行ってくれる、というのはやはり夢のような気がする。入力するのは人間だから、そもそものスタートが間違えばすべてダメになる。

高齢者増えるから、彼らにとって自動運転は福音となる,と言われても,じゃあ人間が車の中で酒を飲むのも,居眠りをするのもいいのか。認知症患者が正確に入力できるか。誤って自動運転モードを解除してしまえばただのクルマになる。安心して酒も、談笑も、居眠りも自由な旅行を楽しめる乗り物は、当分、というか、多分、永久に鉄道の座から奪われることはないであろう、というのが私の見方である。

車の異常は誰が検知するのか [自動車]

先代のVWでも起きたことだが、警告ランプがときたま点灯する。以前の場合はブレーキシューの異常、今回はタイヤの空気圧の異常である。コンピュータのない時代、車の異常は全て自分の五感に頼るしかなかった。運転中少しでも異常を感じたら、すぐに車を止めてボンネットを開けたりして、自分なりにこのまま運転を続けてもいいかどうかを判断したものだ。昔のタイヤは本当によくパンクしたからタイヤ交換は慣れっこになっていたが、タイヤの質が飛躍的に向上して、この所もう何十年もタイヤ交換をしたことがない。この車も交換用のタイヤがあるかどうかさえ確認したことがない。当然あるもの、と思っていたが最近は予備タイヤすらない車もあると聞く。

今度のタイヤ異常警告ランプは、まだこれから300キロも走る予定の道中で点灯した。さらにご丁寧に「タイヤの空気圧に異常を検知しました。運転を中止して最寄のディーラーまでお越しください」との文字情報もしつこく出る。自分の感覚では何も異常を感じないし、近くのガソリンスタンドで停めてよくみてもパンクした様子もなく、空気圧も正常。気持ちは悪いが旅行をやめるわけにいかないし、ディーラー、といったってそう近くにあるものでもない。

最初はこわごわ運転していたがとくに異常は現れないから、これは警告灯自体の異常、と判断して、高速道路も通常に走行し、無事帰宅した。さっそくディーラーでみてもらったが何も異常はありません、という。警告灯はちょっとした何かのはずみに作動し、そのまま作動し続けるのだそうだ。計器をもとに戻すには初期化をしないと戻らないのです、とそのやり方を教わっただけである。でも次にまた起きたときはそのやり方は多分覚えていないであろう。最近の警告灯は計器盤の中に無数にあり、何か点灯してもどこが悪いのか分厚いマニュアルを読まなくてはならないが、肝心のタイヤの正常空気圧はどこにも書かれていなかった。ディーラーで聞くと事もなげに、ガソリンの注油口の蓋の裏に貼ってあります、という。これも昔はフロントドアの開けたところに必ずあったものだが、どうでもいいことはいっぱい書いてあるが一番肝心のことをマニュアルに書いておいてくれなければ困るではないか。こんなふうだと警告灯は信用できなくなり、本当に異常のあるときも信用しなくなるのが怖い。

ゴルフ一年 [自動車]

早いものでゴルフⅦも一年の整備を受けることになった。5000キロくらい走って少し馴染んできたがハイテク自動車も乗っているうちに、頭をかしげるとこともたびたび。

ゴルフでさえもそうだが、メルセデスレクサスに乗る人は大抵お金持ちだが、だいたい年輩の人が多い。いろいろ話を聞くと、せっかく満載された安全装置、その他もろもろ、使い切れていない人が多いようだ。要するに年寄りには「いろんなものがありすぎてワッケワカラン」ということでせっかくの安全装置も全く使われないケースが多いようだが、わかる気がする。私もすっかりわかったわけではないが、だいたいは慣れた。若くてハイテクの理解ができる元気いっぱいの人にはいいのだろうが、少し世の流れに疎くなった老人にはむつかしくて使えない、というネックは依然ある。本来こういう人のためにこそ必要な装置なのだが。

街中の運転での自動停止装置、最初は面白かったが私はだんだん使わなくなってきた。なぜかというと、確かに前に車がいる時はうまく止まってくれるが、赤信号は感知してくれないから自分が最前頭にいる時はブレーキは踏まなくてはならない。赤信号直前でも強行突破する車は結構いるから、そうすると慌ててブレーキを踏むことになる。ブレーキを踏んだら自動停止装置は解除されるからまた「オン」にしなければならない。これは結構煩わしい。その他街中では予期しないこともたびたび起こるから自動停止装置は街中ではあまり信用できない。それに本当に止まってくれるのかどうか、心配するだけでも結構なストレスになるのだ。必要な瞬間100%確実に止まってくれる保証がない限り、怖くてこれに安全を託する気にはなれない。

エコのため、停止している時はエンジンも止まる。これ自体はいいのだが、再起動する時、よほどアクセルに気をつけないと予想外の急発進をすることがある。また、坂道の上の交差点で一旦停止をして、頻繁に通る車をやっとやり過ごし、急いで発進しようとしてもエンジンは止まったままスタートしないことが時折ある。そうなると、ブレーキを踏んだまま、レバーを一旦パーキングの位置に戻し、改めて手動でエンジンを始動させなくてはならない。これにもだいぶん慣れたが最初は焦った。

それとカーナビ。やはり「便利でよかった」と思うこともあるが「やはり使いづらい」というのが本音。結局一番のメリットは高速道路での運転で、これだけは文句なしに運転者をサポートしてくれる優れものだと思う。

ゴルフⅦその後 [自動車]

ゴルフⅦの運転を初めてから4ヶ月以上が経ち、初めて往復400キロの中距離を運転して見てこの車のかなりの性格がわかってきた。南相木村までは通常道路あり、高速道路あり、曲がりくねった急勾配の山路ありで、一通りのまとまった感想を持てた。

この車はエコ、ノーマル、快適、スポーツの四つのモードを選べるが、スポーツモード以外、正直どう違うのかよくわからないので、ノーマルでだいたい走っている。どんな状況の道路もこれで対応できる。急勾配に差し掛かる時、以前のようにシフトダウンする必要もなく、下り勾配でもエンジンブレーキの必要もない。7段階のギア比は常に最適、と思われるところに頻繁に、しかもほとんどショックを感じないで変換されるので、何もしなくていい。大月のあたり、短いトンネルが多く、その度にライトをつけたり消したりするのは案外煩わしいものだが、これも明るさに応じて全部自動的に点灯、消灯するので消し忘れもない。

中央高速道路では早めの速度、100キロに設定しておけば前の車に追随して走るので、これまた何もしなくてもいい。工事現場で前を走るトラックが急に気がついてかなりな急ブレーキにも遭遇したがきちんと完全停止まで対応する。面白いのは前を走っていた乗用車がやはり100キロにクルーズコントロールしていると見えて、その速度差がどんな状況でも私と同じ車間距離を常に保って走るので実にストレスのない運転ができる。間に急な割り込み運転があっても対応する(どんなケースにも対応してくれるかの保証はないので注意は怠れないが)。カーブ、道路勾配の変化、ほかの車の状況でスピードが変わっても私は何もする必要がない。前の車のドライバーが運転してくれているようなものなのだ。中央高速で100キロだとスピード違反ではないか、と言われそうだが、なに、違反で捕まるのは先行車であって私ではない。感じ入ったのはやはりドイツ車、ドイツのアウトバーン、それもかなり多い交通量で、日本より全体が格段に早いスピードの流れの中でも(だいたいが120~130キロ位で流れている)、安全に運転できるように最適に開発された車だということである。

荷台もかなりのスペースがあるがさすがにレーマンのレールや車両と4日分の食料品を詰め込んだらやはりギッチリ。ステーションワゴンにしておいたのは正解だったようだ。馴染んでくるにつれ、車の進化はやはりすごい、当初やたらと余計なものがついたように見えたが、うまく活用すればそれらが総合して安全運転に寄与してくれることがわかってきた。


AUDI [自動車]

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(これはおそらく、であるが新潟の佐渡へのフェリー乗り場での映像と思われる)

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AUDIは私の車歴の中でも特に思い出の多い車だった。多分ヤナセが輸入した初代アウディであったと思う。同時に発売したVWーPASSATとほぼ同じコンポーネントを使ったものだが、この赤いアウディは気に入っていた。ただ初代であったため、とくにエアコンが全く効かない、という故障には悩まされた。今では考えられないが、ヨーロッパでは当時、マイカーにエアコンをつける、という考えは、特別な高級車を除いてはほとんどなかった。でも日本ではすでに大衆車もエアコンは当然の時代であったから、日本向けにあわててつけたのが、車とうまくマッチしなかったのであろう。

私も元気いっぱいだったからこの車ではずいぶん走った。この時代、マイカーの派手な赤色はほとんどなかったから、よく目立ち、スピード違反でずいぶん捕まったのもこの車の色のせいではなかったか。まだ地方では未舗装道路が多かった時代である。佐渡島を一周したことがあった。当時、半分はものすごい悪路の連続であったが、それでもものともせず、特に道路の悪い島の北端の素晴らしい景色に魅せられて車も人間も頑張った。ずいぶんおなかもこすったが、やはりドイツ車、走りに関しては全くトラブルはなかったのはさすがだと感じ入ったものだ。あの絶景は忘れられず、その後舗装が完備してからもSLK230でも再び行っている。ここは三たび、またゴルフⅦで行って見たいと思っているところの一つ。北端にある佐渡フィッシャーズホテルはおすすめ。

もうひとつ、当時、私は東宮御所に今の皇太子殿下のピアノのご進講に定期的に通っていた。宮中から差し向けられる黒乗りのクラウンの後部座席にチョコンとおさまるのが私には何とも居心地が悪く、自分で車を運転して行きますから、と送迎を断った。当時、高輪に住んでいたので東宮御所までの距離はいくらでもない。ところが御所の通用門にはまことに似つかわしくない派手な赤色の車で乗りつけるものだから、毎回いろいろと詮索をされ、なかなか通してもらえなかった。侍従長に「毎回のことなのですからもう少しすんなり通してもらえるよう、ちゃんと通じておいてください」と頼んでおいてやっと何とかうまく行くようにはなった。30歳台最後の私のやんちゃ時代であった。

しかしAUDI時代にはいいことばかりあったわけではない。終わりの頃、私はひどいうつ病に悩まされたのである。当時はうつ病というのは現在のようによく知られた現象ではなく、わけのわからない様々の体調不良に音を上げ、いろいろの医者にかかり、はては怪しげな民間療法にまで手を出したが、一向によくなるどころか、ピアノにも、鉄道にも、世の中すべてに興味をなくして、正直、この車と共に死のう、と本気で考えた。そうなった時、自分が死んだら家族はどうなる、ということまで考えられないほど気持ちは追い詰められるものである。半年以上も悩んだ末、義兄の勧めで東大の精神科にかかった結果、うつ病の可能性が高い、ということになった。いくらかの抗うつ剤などで治療の結果、幸い徐々に回復をして、生気を取り戻した。それ以来現在に至るまでごく少量ではあるものの、ときおり抗不安剤の世話になる。それでも私の気持ちの持ち方もかなり自由になったので家族は気が楽になったとは思う。

スポーツカーという自己撞着 [自動車]

スポーツというものは自分で体を動かしてこそスポーツなのであろう。一日テレビの前でスポーツ番組を見ていても誰もスポーツをした、とは言わない。メルセデスSLKに乗っていた時代も、オートマで楽ちんな運転だから乗れば乗るほど、運動不足になる。運動不足対策は別に考えなくてはならない。その意味では、ポルシェもカローラも変わるところはない。ではラリーみたいなのはどうであろうか。運転している時こそ体はたいして動かないが、過酷な砂漠の中を走れば、当然いろいろアクシデントが起こり、それを何とかしなければならないから、これはまあスポーツと言ってもいい気がする。

要するに普通言われるスポーツカーはまったくスポーツになっていないから車にスポーツカーと名付けること自体矛盾なのではないか。オートマでなく、マニュアルにしたところでたいして変わるわけではない。だいたい自分の足を使わないものはスポーツとは言えない、と私は昔から自分で勝手に規定してきた。では乗馬はどうか。これは馬の脚で移動するわけだから私の規定ではスポーツの範疇に入らないが、車よりは体は使うから、まあハーフスポーツであろうか。スキーはどうか。これは動力の大部分を自然に頼るとはいえ、足の筋肉の使い方は半端ではないからこれは立派なスポーツといえる。

快適かどうかを別にすれば、体を鍛える、という意味でならスポーツカーで通勤するより揺れる満員電車でつり革につかまり、倒れないように平衡感覚を保つ方がよほどスポーツに近い。とくに運動をしろ、と言われなくても、大都会のサラリーマンの大部分は立派にスポーツをしている。まして営業であちこち飛び回っている人の運動量はかなりなものになろう。電車やバスでは元気そうな老人には席を譲らず、立たせておく方がよほど本人のためになる、と思っている。これは後期高齢者である私がいうのだから間違いない。スポーツカーに乗るのはスポーツをしているわけではないから、運動不足は解消しない。もっと別な呼び方はないものだろうか。

メルセデス230SLK [自動車]

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こんな車に乗ろうと思ったのは、もういよいよ老境に入ってきた、今乗らなければ機を逸してしまう、という焦りにも似た気持ちに突き動かされてのことだったと記憶している。スポーツカーというものに乗ったことがないので、一度は、とかねがね思っていた。62歳の時のこと(今考えればまだ若い)。これもカタログに面白いグリーン系のものがあったのでそれを発注したのだが、一年待っても音沙汰がないので痺れを切らしてこの色になった。どうやらディーラー任せにすると、今度のゴルフといい、SLKといい、なんでもシルバーグレーになってしまうようである。

とはいえ、ダイムラー社ではこの車をスポーツカーとは一言も言っていない。いわばスポーツカー「もどき」。確かに楽しくはあるが、やせ我慢の車でもある。見栄をはり、格好よくみせるために他のすべてを犠牲にする、というといいすぎになるが、まあそれに近い。なにしろコクピットはせまい、荷物は乗らない、特にこの映像のように屋根を開けてしまうと、荷物室はボストンバッグを入れるくらいのスペースしか残らない。この年になると身体も固くなるので車高の低い車の乗り降りは一苦労する。

屋根を開けたら開けたで、冬は寒いし、夏は暑い、結局いちばん陽気のいい時しかチャンスはない。それでもやせ我慢と見えを張りながらも5年間は乗った。いまでも街中で時々見かけるからSLKファンも結構多いのであろう。本来若者をターゲットにした車と思われるが、若くしてこの車を買えるだけの経済力のある人はごく限られる。けっきょくお金持ちの奥様が乗るセカンドカー、という位置づけだったように見える。

ヨーロッパでは法律で義務付けられているわけではないが、国境を超えて運転するのは日常茶飯事なので、イギリス人は「GB」、ドイツ人は「D」、フランス人は「F」、スイスは「CH」(Confedericio Hervetica)、といったステッカーを貼っている車が非常に多い。見栄のついで私はあえて「D」とせず、これも珍しい「FL」(Fuertentum Liechtenstein)のステッカーをスイスで入手し、貼り付けている。リヒテンシュタイン候国、というスイスの中にあるれっきとした独立国。さすがにこのステッカーを貼った車はヨーロッパでも滅多に見かけない。


カーナビ [自動車]

お恥ずかしい話なのだが、これまで私はカーナビというものを使ったことがない。人からはいろいろ聞かされていたが、メカに弱いので、買っても多分無駄金を払うに終わる、と思ってこれまで敬遠していた。

しかるに今度の車はメーカーオプションで無理やりナビも一緒に買わされたのだ。ゴルフではあってもソフトは無論日本語である。ドイツですでにソフトまで組み込まれて輸入されてくるのであろう。これも買ったからには使わない手はない、といろいろ試しているうちに、少しづつわかってきて、やって見ることにした。先日用があって普段行きなれない横浜のはずれにある楽器店を訪ねた。

だいぶんナビも年月を経て、人に優しく、使い勝手はとてもいい。所番地を入れれば、案内をしてくれる。音声も最初うるさいなあ、と思ったが、知らない場所ではしつこく言われてちょうどいいくらいなのである。始めてなので他の製品と比較のしようがないが、最新のナビはどうやら頭がかなりいい。その日の目的地は地図上では東名経由が明らかに近いのだが、ナビは第三京浜を通る迂回ルートが表示される。まあそれに従って見ることにした。考えてみると雪のためこの日は東名が通れないか、渋滞しているので、避けたらしい。それ以外にも、明らかに渋滞を避けて回り道をした、と思われる箇所もあった。

いろいろな設定が可能だが高速を使って早く到達するやり方が一般的らしい。無論それに従わないのも自由で、コンピュータは頭はおかしくなるが、どこかでまた戻ってくれる。こんなものに、これはいいねえ!と感激しているほど私は時代遅れの人間になったということなのであろう。

ゴルフⅦ [自動車]

大雪のため、ずっと家にこもっていた。大津からくるはずの生徒さんは、交通事情のため無理するといけないと思い、電話をして予定を変更しましょう、と言ったら、いやもう昨晩から横浜ホテルに泊まっています、との返事なので、うまく電車が動いてくれればいい、と思っていたが、意外とすんなり来れたみたいでまあ良かった。

日曜日になったら雪も少し溶けて車は動かせそうな道路状況にはなってきたので、新しいゴルフを持ち出して見た。最初は多少違和感はある。信号でブレーキを踏んでいる間はエンジンは停止。離すとすぐに始動してアクセルを踏み込むと通常の加速には全く問題がない。ドイツ車独特の硬さはずいぶんとれてきて、すぐに普通の運転には馴染んでくれる。面白いことにピアノも同じで、昔のハンブルク・スタインウェイは弾きこむのにずいぶん時間がかかったものが、今は新品でもすぐに弾き手に馴染むのと似ている。

問題は新しく導入された多くの安全装置。解説書など読んでも全くわからないので少しづつ実際に試行錯誤で慣れるしかない。知らなくてもとりあえず運転するのに何も問題はないが、せっかくのセーフティネットを利用しない手はない。ハンドル周りにはわけのわからないスイッチがいっぱい。幸い、道路は渋滞気味なのでその間にいろいろひねくり回しているうちに、だいたいの様子はつかめてきた。それにしてもこれは1400ccなのに、ゴルフⅢの2000cc、もしくはそれ以上のする走りを見せるのは驚きである。ただ、あまりにいろいろな機能が相互に絡み合っていて、これで故障したら大変だなあとも思う。

第三京浜を走りながら、ハンドルを離して運転していても、レーンを跨ぎそうになると、自然にもとに戻る。また反対側のレーンに行ってもやはり戻ってくれる。いい気になっていると警報がなり出し、ハンドルをちゃんと操作してください、と警告の表示が前面に出て、怒られる仕組みになっている。
車は雪解け道で泥だらけになったが、私はいかにも新車に乗ってます、と見られるのが嫌なので帰り着く頃にはいい具合にウエザリングされてきた。

ゴルフ・新旧交代 [自動車]

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(ディーラーの引渡し所。絨毯の上に準備されて顧客を待つところ、いかにも日本らしい)
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多くの方々から私の誕生日お祝いメール、チョコなどいただきましたこと有難く、厚く御礼申し上げます。

実は自分の誕生日にあたる今日、新型ゴルフの納車を設定しておいた。朝から小雪が舞う中、旧車を運転して近所のディーラーへ。一時間くらいかかって説明を受けたけれど、同じゴルフも10年の間に車はずいぶん進化し、扱いも数等複雑化した。一応わかったつもりだったが、新車を受け取って実際走らせてみるとわからないことだらけ。扱いになれるのに時間かかりそう。シルバーグレーの新しい車体は予想を超えて大きい、と実感したのは車庫入れをした時である。

新旧の車をディーラーの前で並べた写真を見てもかなり大きさの違うことがわかる。ナンバーはメルセデス230E、SLK230以来ひき継いだ1030。新旧両ゴルフも同じナンバーとなるので記念写真を。シルバーという色は昔乗ったホンダのトゥデイ以来だが、トウディよりはずっと明るいシルバーなので印象はずいぶん違う。

追記:そのあと、東京は大雪となり、運転もできず、車庫に眠ったままナビの操作の練習に追われた。が、まだちゃんとわかったわけではない。CDを鳴らしてみたら私が使っている古いコンポーネントよりずっといい音がするくらい。

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