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ドタキャン [日本ピアノ教育連盟]

日本ピアノ教育連盟の最大イベントで年一度の外国の優れたピアニストを招いてコンサートや公開レッスンなどを行い、いわば研究大会の目玉であったエリソ・ヴィルサラーゼのコンサートがあと数日もないいま、急なキャンセルの報告が入った。その理由や詳細は私が事実確認をしているわけではないので公表は避けるが、個人的な感想としてはわたしにはとうてい理解し難い。連盟の役員の人たちはいま前後策をどうするかで、夜も寝られない有様である。私はもう役職を離れているからあれこれ指示する立場にないが、一会員としても当然非常に困惑している。相手側とは契約書は交わしているはずだからそれに従って処理されることになろう。

これまでは連盟が出演を依頼したいと考える国外のピアニストと、会員の誰かが直接面識、もしくは交友関係があって相互に信頼関係の上にたって物事が進められてきたのでこういった問題は起きなかった。ヴィルサラーゼの場合にはそうではなく、間に何人かの人やエージェントを介していて、連盟の会員の中に交友関係にある人がいなかったことも遠因としてはもしかするとあるかもしれない。当面、教育連盟は研究大会に全国から集まってくださる多くのピアニスト、ピアノの先生方に対して納得していただける大会の内容の変更策をなんとか短期間に案出せざるをえない窮状にある。詳細はまた進行状況に応じでご報告するつもりでいる。なお当日の切符はすでに完売している、という報告は受けていた。

もう一つの訃報 [日本ピアノ教育連盟]

 学生時代からの友人だった林秀光さんが亡くなった。もう15年も透析を続けていたので最近の状態はよくなかったという。彼は私と2ヶ月しか年が違わない。それでも、日本ピアノ教育連盟の会長を私の後任として務めてくれたが病身の体には会長職はこたえたかのも知れない。

 私と違って温厚な性格で、音楽仲間、というよりは鉄道が趣味で、会えばピアノの話よりは鉄道の話をすることの方が多かったように思う。また鉄道の話ができる相手を一人失ったことが淋しい。会長職ご苦労様でした。合掌。

日本ピアノ教育連盟(終) [日本ピアノ教育連盟]

 本日をもって私の会長任期は満期をむかえます。昨日、一昨日のピアノ教育連盟の第25回研究大会は「北欧のピアノ音楽」は大成功裡におわりました。私も3期6年の任期を全うしましたのでこの辺で交代をしていただきたい、と思います。どこの組織も全く問題がない時期、などというものは存在せず、大なり小なりの問題は抱えているものですが、総体的に見て、比較的問題が少なく、役員の交代も最小限のこの時期、スムースに会長の引き継ぎができる、と判断したからです。

 どの程度私が連盟のお役に立てたかはわかりませんが、会員、役員の皆さんの絶大なご支援のもと、なんとかお役目を果たせたことを大変嬉しく思っております。役員の定年までにはまだあと一期あるのですが、私がかねてから組織の若返りを図る、といってきたことの先鞭をつけるためにも、また、個人的にもまだいくらか余力の残っている現在、自分の勉強したいことを先へ進めるために少し個人的な時間も欲しく、今が最適だと思います。連盟はこれからもその使命を粛々と進めていけるはずですから、私は何の不安も持たず会長交代ができます。これまでの皆さんのご支援に深く感謝いたします。

「Gottes Zeit ist aller beste Zeit !(神のときはいとよき時)」 バッハ:カンタータ第106番

24回の全国研究大会終了 [日本ピアノ教育連盟]

 会員の皆さん、とくに研究大会委員の方々のお骨折りにより、無事、ピアノ教育連盟の24回研究大会は終了した。コンサート、公開レッスン、講義などそれぞれ意義深いものだった。特筆すべきはパスカル・ドヴァイヨン氏のピアノリサイタル。これほど質の高い演奏を最近聴いたことがない。保谷で行うこの会も多分これが最後となる。ホールも民営化され、市の手から離れるからである。満開の桜のもと、ここでの会も都心から離れて不便で、会員からは不評ではあったが、市はよくこの会を支えてくださった。

 今回の不覚は私が風邪をこじらせて声が出なくなってしまったので、会長挨拶を村上明美先生に代行をお願いしなければならなかった。今回は私の出番がなかったことと、すべてうまく行っていたので気がゆるんだのであろう。もっともみんなにはふだん私はおしゃべりでよけいなことをいうからバチが当たった、と軽口をたたいてはいたが。

 参加された方々、ご苦労様でした。そしていろいろありがとう。

人間の生きがい [日本ピアノ教育連盟]

 先日の会議で日本ピアノ教育連盟の創設以来、役員を務めて来られた何人かの先輩諸先生が勇退されることになった。副会長のお三方、副理事長を務められたT先生、いずれもこの連盟のいしづえとなった大恩人ばかりである。お近くにいる人間として胸の痛む思いである。
 もう5年以上も前から、ピアノ教育連盟の役員が高齢化しているから、若返りをしなければいけない、という話は出ていた。まことにその通りである。確かにこれらの方々は80歳か、それに近い年齢である。しかし、年下の人間が先輩の肩をたたくわけには行かない。本人がそう言い出さなければならない、ということは、これらの方々ご当人は十分にわかっておられた。しかし頭で理解しているのと、実際の感情とは必ずしも一致しないのが人間というものであろう。

 役員の定年制を決めよう、という話もずいぶん前からあった。財団法人とはいっても実態はボランティア団体の全国組織なので、普通の会社のように一律決めるわけに行かない。ご本人がお元気で、意欲満々であり、その人がいなくなったらその支部の存続が危うい、という事情も場合によってはある。

 そこでまず隗よりはじめよ、で支部はともかく、東京の本部はとりあえず、役員定年は75歳、但し1,2年の猶予期間も移行期としては認める、という線がいくつかの会合を経ているうちに出てきた。役員だからといって大した報酬があるわけではない。しばらく財政があまりよくない状態が続いたがそのときは役員も無報酬で文字通りのボランティアであった。最近少し財政の改善が見られたのと、財団法人で役員無報酬というのはまずい、という文部科学省の指摘もあって、ほんのわずかだが最近復活した。しかしそれは実際の仕事の内容に見合う、という額からははるかに遠い。しかしまあこれはそもそもボランティア団体として出発したのだからそれでも仕方がない。

 とはいうものの、である。人間はいくつになっても金さえあれば安んじて暮らせる、というものではない。金より必要なのは、自分は世の中でまだ必要とされている、という自負の念がないと生きていくのはなかなか難しい。先ほどの先輩の先生方の胸中を察して胸が痛む、というのはそのことなのだ。これは若い人にはわかってもらうのは難しいが自分のこの年になるとそれがよくわかる。よくわかるが、私はもうあと一期で会長をやめる、とこのブログであえて宣言しておく。そのとき生きていれば73歳。ちょうどいいのではないか。全役員が1度に変わると、外部からは何かよからぬことがあったのではないか、とへんに勘ぐられるおそれもあるかもしれないから、このように時期をずらして変わるのが多分いいのではなかろうか。


2年前の20周年記念大会懐かしく思い出しました。 [日本ピアノ教育連盟]

早いものでもうあれから2年たつのですね。
今日2月23日皇太子殿下46才のお誕生日で東宮御所のお茶会が催され、私もお招きに預かりました。2年前の研究大会に皇太子殿下のご臨席をいただきながらその後きちんとお礼を申し上げる機会がなかったので、「その節はありがとうございました。おかげさまで素晴らしい会になり、会員の方々にもたいへん喜んでいただきました」と御礼申し上げました。殿下からは「よかったですね、またお役に立てることがあれば・・・」とのお言葉をいただきました。

お茶会の終わり頃,雅子妃殿下と、愛子様も姿を見せられました。そういえば愛子様の直接お姿を拝見したのは私も初めてです。この会においでになる方々も、すっかりお年を召されました。(人のことは言えない)他界された方も多く、少し寂しい気もしました。

でもピアノ教育連盟、30周年記念の全国研究大会にもまた是非ご臨席いただけるよう、がんばりましょう!!


デザイナーの息子を二人もつと [日本ピアノ教育連盟]

ピアノ教育連盟の機関誌が1年前から新しくなりました。これは主として広報部長の梅本俊和先生のお骨折りによるところが大きいのですが、名称が「会報」ではあまりに殺風景なので、いろいろ考えたのですがさっぱりまとまらず、結局表紙デザインを長男が引き受けるついでに  「KLAVIERPOST」
という名称まで考えてくれました。二人とも息子はデザインに関する仕事をしているので、いろいろ重宝はするのですが、家の中にうっかり格好の悪いものは持ち込めない、という不便さはあります。

ただ、彼らが仕事をするのを見ていると、ピアニストがたとえ10分の曲でも人前で弾くとなると一つの音の出し方にも胃が痛くなるほどこだわり、さんざん時間をかけて練習し、苦心惨憺するわりには、聞く人は、うん、まあよかったね、くらいの反応しか示してくれない、というのに似た悔しさはあるみたいです。親ばか、といわれるのを承知でいえば、この表紙のデザインはなかなかよくできてる、と私は思うのですが、一般の反応はピアニストが経験するのと似たようなものです。まあ別にお世辞をいってもらいたくていうわけではありません。分からない相手だから多少手抜きをしても、と思うのは素人考えで、自分の全存在がかかってるという点ではピアニストも同じ。実をいうと一般的に、デザインの良さ,悪さ、ということで、親子の意見は一致しないことが多いのですが、敵は専門家ですから、私が迷ったときには従うようにしています。素人ながらデザインを見る目は私もだいぶん養われてきた、と思っています。いずれにしてもしんどい仕事、報われないけど面白い、という点では共通性はあります。


日本ピアノ教育連盟の報告(2006.1.10) [日本ピアノ教育連盟]

「会員の方への報告」

 私はこの会の会長という立場にあってこういう報告をするのが適当かどうかわかりません。必要なことは会報 [KLAVIERPOST] で報告されて会員の方々には配布されていますけれども、硬い文章や数字はほとんど読まれない方も多いので、こうして必要なことを順次お知らせするのは、私の義務の一つと思いますので、時折気がつくことを、この欄で少しづつ書いていきます。疑問に思われたことはトラックバックに書き込んでくだされば、必要なら事務方にも報告して善処したい考えです。

 あらためて申し上げるまでもないことですが、この会はピアノの正しい教育をはかり、会員同士がピアノ音楽やピアノ教育に必要な情報や研究を相互に交換しあってお互いの向上を目指すものです。そのために、地道で息の長い活動を目指すべきであろうと私は考えます。会員の数も多ければ多いほどいい、というものでもありませんが、適正規模の会員数は維持しないと必要な研究活動もその効果が上がりません。

 この会の主な活動の内容は年1回の全国研究大会、若いピアノを目指す方のためのオーディション、安川加寿子記念コンクール、などのほか、各支部独自の講演会や公開レッスンも活発に行われています。現在ピアノの教師として活動をされている方々、もしくは将来ピアノ教師をめざす方々ならどなたでも入会できます。

 この会は財団法人であり、これを運営する役員の方々は全員ボランティアで参加されています。
これは、会のあり方としては理想的なのですが、これも時代が変わり、若い方々にも積極的にいろいろお知恵もいただき、新しいアイディアをとり入れていくためにはいつまでも全く無報酬というわけにはいきません。

 研究大会の構想を練り、実行委員会を立ち上げて準備をする、オーディションの課題曲を決める、などどれをとっても大変な労力を必要とするものばかりですが、これまで20年以上も全部無報酬で続いてきた、ということは実に驚くべきことです。これは熱心にご協力をして下さる先生方にはただただ頭が下がるばかりなのですが、この会の永続性を考えるといつまでも熱心な方々の善意だけに頼るのはほぼ限界に来ている、という認識も持っています。さいわい、ここのところ会の財政事情も、ご賛同して頂く方々の善意のご寄付などの浄財も加わって好転しつつあります。ほんのわずかずつですが実際に時間と労力をさいて運営に携わっている方々にもこのさい多少のお報いをした方がいい、という理事会の意志もあり、数年前から役員報酬ゼロからの脱却をを目指しています。

 私は音楽家であり、財政のことは全くうとかったのですが、素人ながらこの仕事に就いてから会を支える根本である財政に目を向けてきました。連盟の活動は会員の会費でまかなわれているのですから,透明にしておく必要がある、と思います。先日東京事務局の税務調査が行われましたが、ほとんど問題になるところはない、という結果でありました。これは連盟の財政の透明性を裏付けるひとつの重要な根拠になると思います。
 これから逐次思いつくごとに報告をしてまいります。


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