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なでしこジャパン [スポーツ]

 ブログを始めて5年あまり、私の項目に「スポーツ」というものは存在しなかった。野球も,相撲も、ことごとく興味がまったく持てなかったからである。サッカーも例外ではない。なにしろ英会話の授業で「ソッサー」と読んであなたサッカーも知らないのか,とイギリス人の先生に笑われたくらいのスポーツ音痴であった。

 でも今回のワールドカップだけは例外になりそうだ。強豪のドイツやアメリカに勝てるはずがない、とはじめから思い込んでいたからである。この優勝もすばらしいが,ピアノの世界も含め、何の世界も日本人は体格が欧米人に劣るから、というエクスキューズがこれで吹っ切れた。体格を理由に物事の優劣は決まらない、ということを「なでしこ」がものの見事に実証したからだ。

 学問や芸術の世界は必ずしも体格の問題とは関係がないことは「はやぶさ」が証明したが、「なでしこジャパン」でさらにそれははっきりした。私はこのネーミングが好きなのだ。「なでしこ」といえば「大和なでしこ」という楚々としたイメージからして、いかにも日本女性の奥ゆかしさを象徴しているのだが、いざとなれば荒技でも世界一になるパワーもあわせ持つ、この対称性がすばらしい。
一言いえば「なでしこニッポン」のほうがもっとよかった。

 このところ暗いニュース続きだが,これで日本が盛り上がり、震災で大変な思いをしている人たちにもこの上ない励みとなることを祈る。「がんばろう」と「なでしこ」が身をもって不可能と思われたことを成し遂げたのだから。

 でもオリンピックの東京誘致、これはやめたほうがいい。金の無駄遣いにしかならない。(札幌)

オリンピックも広島なら賛成 [スポーツ]

 東京オリンピックには大反対した私だが、案の定ポシャった。都民のためにも良かったが、そのために使われた金はやっぱり腹立たしい。つぎは広島、という話が出ているが、オリンピック嫌いの私もこれなら開催する意味は大いにあると思う。原爆の被害にあった都市を世界中の人たちに見てもらい、核爆弾の恐ろしさと、戦争の馬鹿さ加減を、そしてそこから見事に立ち直った日本の立派さを世界中の人によく認識してもらうまたとない機会だからだ。オバマさんに広島に来てもらうのもいいが、オリンピックの方がなおいいと思う。

 金もかかるだろうが、同じ金をかけるなら広島にかけた方がいい。日本人はどうしてスポーツと世界平和を結びつける巨視的視野でものを見られないのか、と思う。経済的視野でしかものを見ないから東京のようなぶざまなことになる。

 広島は私も何度か訪れ、(といっても仕事が主だが)そのうち何度かは原爆の落下した現場にも足を運んでいる。広島でオリンピックを開催し、とくに核兵器をもっているすべての国、もしくはもとうとしている国の人に来てもらうのだ。百聞は一見にしかず、という言葉もある。広島、長崎オリンピック賛成!! これなら税金も使う意味がある。

よかった・・・ [スポーツ]

 近来にない朗報である。東京オリンピック落選。あたりまえだ。国民はもともとオリンピックに冷めた目で見ていたが、お上主導型のこの騒ぎ、もともと民意が読めていなかったからだ、の一言に尽きる。国民の健康向上を目指すのにスポーツを奨励する、そのためにある程度の国家予算を組む。ここまでは健全である。しかし昨今のオリンピックは明らかに商業主義的で「メダルをとることに意義がある」。クーベルタン男爵の唱えた「参加することに意義がある」と思っている人はもうほとんどいない。「参加することに意義がある」のは私も賛成で勝ち負けを超えて世界が一つになる、ことが悪かろう筈がない。

 そもそも落選したからといっても、ここまで誘致運動をするためにどれほどの無駄金を使ったか、それは全部税金から出ているので、これ以上税金を使われるのはまっぴらだ、と思っていた。もう日本ではこれまで4回もオリンピックをやっているのだからもう沢山、と大半の人は思っているのが、為政者には全然分かっていないらしい。それでなくても国家予算は大赤字なのだ。オリンピックをやるための資金は、スポーツが好きな人、オリンピックが好きな人が自分の組織力で、自分の金で、自前でやるのに私は何ら異議を唱えるものではない。我々の税金でやられるから腹が立つのだ。国家主導型が露骨に表面化したその最たるものが北京オリオンピックではなかったか。そんなことに為政者は気づいていないのであろう(充分知っていて悪用しようとしたか?)。石原知事がジュネーブで英語で演説するのもいいが、それに要する費用は自費で行くべきなのだ。自分で旅費を払っていく、となれば、この事業のリスキーな部分も少しは見えたであろう。

 ショパン生誕200周年の記念すべきイベントをやる日本ショパン協会の予算が2週間でたったの500万円。もちろんこの金も自分で切符を売って自前で調達するのだ。どこからか予算が付く、とははなから期待していない。一方。ポーランドでは、国家的記念行事で、当然莫大な予算もつく。彼らは日本ではショパンの好きな人は多いから、そしてショパンコンクールも好きだから、日本ショパン協会は当然国レベルでやっている、と思い込んでいるポーランド人を説得するのが大変なのだ。「もっと世界に発信できる素晴らしい行事を」とハッパをかけられても「これは民間事業である。補助金のないところでやっているのだからこの程度しかできないのは当然」と彼らを突っ放す。日本ショパン協会は名だたる貧乏所帯で、これもショパンが好きな人たちが勝手にやっているのだから金がないのは仕方がない、と私たちは認識している。
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