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Mitropaの寝台車 [古い旅のアルバム]

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フィルムの写真というのはやはり不便なもので、きちんと撮ったつもりでもその場で確認できないことである。少々露出不足だがこの写真は1961年ベルリンに住む友人を訪ねた帰り、ベルリンーミュンヘン間で利用したMitropaの寝台車。これは翌朝、ミュンヘンに到着した時撮影したもの。当時はベルリンはZoo駅が遠距離列車の発着駅となっていた。私はもともとハザで帰るつもりだったのが、目の前にいたちょっと古ぼけたこのMitropa寝台車の「Betten Frei」(空きベットあり)の表示を見て急に乗って見る気になった。明らかにこれは東ドイツの車両ではないか、それも体験して見たいという好奇心が働いたことも付け加えたい。

ご承知の方も多いと思うが、ヨーロッパの寝台車は車両も設備も同じで、寝台を2段にするか、3段にするかで1等、2等の差が決まる。私は学生だから2等でいい、と車掌に告げたが、まあ今日は空いてるから、これで行きなさい、と2段ベットのコンパートメントをあてがってくれた。つまり一等客並みの扱いをしてくれたのだ。ベルリンからはどのみち東ドイツを通るルートをとるわけだが、あらかじめ乗車時にパスポートを見せるだけで、検問などはなかったように思う。ただ寝ていて、列車の揺れ具合から、あ、ここから西ドイツに入ったな、というのがわかるほど保線状態の差がはっきりと感じられたことをよく覚えている。やはり、痩せても枯れてもMitropa、内装は重厚な木製で、写真からは見にくいかもしれないけれど、この開け放たれたドアの車室側からも察せられよう。出来の悪い写真だが、こうして見ていると、まだこの年齢になっても時効になっていなくて公に話せない自分の当時のいろいろな思いがよみがえってくる。
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コメント 8

Akira

kobaさん、おはようございます。

再び貴重な画像を拝見でき、嬉しくなってしまいます。さて、このMITROPA寝台車、私が見る限り東独の車両とはいえ、戦前形なので共産主義になる以前のドイツ製と言えるのではないでしょうか。

それもかなり珍しい...手元にあるMITROPA 75周年記念誌と照らし合わせたところ、Schürzenwagen寝台車の1世代前の1936年製WLAB4ü、または旧CIWL 2816/2843/2897から移籍された車両ではないか? 確信までは至っていませんが、開口された扉上の屋根の部分が扉と一体型ではないことと、当時切り妻屋根が多かった戦前形寝台車の中でこの車両は丸屋根になっていることがわかります。(アップされた画像をPhotoshopで明るさ調整して確認しました)
掲載誌面写真の番号で言えば22058、または054-106~108とありますが、そのあたりはわかりません。更にはこのCIWL移籍車両の説明にBerlin - MünchenのInterzonenzugとあります。

何れにしても貴重な画像ですね。ありがとうございます。
by Akira (2013-09-02 11:33) 

klaviermusik-koba

akiraさん、こんにちは。

いろいろ詳細な調査いただきありがとうございました。それにしても私はCIWLからきた車両とは想像もしていませんでした。ご説明にあるようにBerlin-MuenchenのInterzonenzugに使われていたということであれば、おそらく確実でしょう。当時、私の記憶では夜行列車ではBerlin直通列車はこのD-Zug一往復しかありませんでしたから同じ寝台車が2両あれば足りたわけですね。もちろん戦前のドイツ製であること、その通りだと思います。

ただこれも私の勝手な思い込みで、周りの車両に比べてあまりに古色蒼然としていたので、東ドイツの車両、と思い込んでしまったのですが、案外車籍は西ドイツであったかもしれません。いずれにしても戦後のごたごたで本来一つの国のものであった車両がその時の状態で国境共々、西と東に分けられたのでしょう。
by klaviermusik-koba (2013-09-02 14:56) 

Akira

こんばんは、kobaさん。

画像の車両がCIWL移籍車両であれば、ドイツ製ではなくベルギーなどかも知れません。(このあたり、中々掴めません)形状を見る限り、戦前形に間違いなさそうですし、車両にMITROPAと記されている限り、東独のサービス(かつDR/MITROPA車籍)であることも確かでしょう。雑誌の赤いCIWL寝台車写真を見ながら、これも悪くないなぁと....。

この車両も戦後のゴタゴタで西側に帰れなくなった車両の1つかも知れませんね。
by Akira (2013-09-02 18:04) 

klaviermusik-koba

akiraさん こんばんは。

本当に時が経つと記憶は薄れ、当時はおそらく初体験のいろいろな感想を持ったはずですが、日記を書く習慣がなかったのが悔やまれます。不完全な写真だけでも、何も残らないよりはマシ、とでもしておきましょうか。akiraさんのおかげで私の不十分な知識も改善されたのはありがたいことと思っています。
by klaviermusik-koba (2013-09-02 20:10) 

Akira

こんばんは、kobaさん。

このMITROPA寝台車、ようやくほぼ特定できました。既に拙ブログでも記しましたが、旧CIWLのS2形のようです。実はS2形は、とてもCIWLらしい寝台車で1つのコンパートメントに大小の窓が連なっています。(小窓には換気口付き)しかし画像の寝台車には、小窓がありません。何時改造されたのかはわかりませんが、この小窓は潰されてしまったようです。以下画像はおそらくCIWL S2だと思われます。

http://www.tog-billeder.dk/fotos/danmark/dsb/personvogne/wagon-lits/1064-5-29_WagonsLits%20sovevogn%2006%2040028-6%20i%20Esbjerg_260970.jpg

中々答えに辿り着く迄時間が掛かりましたが、スッキリしました。
by Akira (2013-09-04 20:20) 

klaviermusik-koba

akiraさん、おはようございます。

MITROPAの寝台車のオリジナル車両の美しい姿、特別な感慨をもってみせていただきました。戦火にも遭わず、東ドイツに接収されたとはいえ、活躍を続けてきた客車、と思えば偶然とはいえ、私が乗車できたのは不思議な気がします。ありがとうございました。

蛇足ですが、画像を見ていてすこし気になったのは台車です。これはアメリカ型で、イコライザー、揺れ枕、コイルスプリングつきの台車ですね。このタイプはボギー台車が採用された当初から、アメリカの保守のあまりよくない路線でも対応できるように開発された、と私は聞いていますが、それが日本にも導入され、戦前型の電車、客車には多く使われていたのと基本的に同じタイプと思われます(ドイツではSchwanenhalsといわれ、タマにみられた)。ヨーロッパではこのタイプはあまり発達しなかった。

ヨーロッパの戦前型の客車、貨車にずっと使われてつづけてきた板バネを基本としたものと構造が違うようなのです。台車に関してはアメリカの大陸横断鉄道に使われたプルマン車の台車をCIWLは導入したのではないかと思うのですがどうでしょうか。ちなみにメルクリンでモデル化されたMITROPA寝台車の台車は典型的ヨーロッパ型で、しかもホイールベースがかなり長い。このあたりのちがいも面白いところだと思うのですが。。。。。
by klaviermusik-koba (2013-09-05 10:09) 

Akira

こんにちは、kobaさん。

いえ、今回の画像からCIWL車両が意外にも戦後のMITROPAで数多く活躍し、中々知り得なかったCIWLの全貌の一角が少なくとも私には理解出来たことが大きな収穫でした。
さて、台車の件ですが、確かに1920年代からの鋼製CIWL車両には、ドイツでは中々見れない台車だと思います。それが米国標準タイプなのかは私にはわかりませんが、日本でも似た形は見られますね。当時ドイツでは、Görlitz形が普通でしたから、もしかしたらCIWLでは、独自のタイプを選択したのかも知れませんね。MITROPAに渡ったCIWL車両は、何故か台車を履き替えられているように見えます。このあたりも理由を知りたいところですね。
by Akira (2013-09-05 15:05) 

klaviermusik-koba

akiraさん

おはようございます。台車の問題は多分車両を使用する軌道との問題と切り離せないでしょうから、これはこれでまた面白い研究対象になるのでしょう。CIWLはいろいろ条件の違ったところで使用される可能性が高いため、軌道が必ずしも常に理想的なところだけで使用されるわけではないので、その辺りも考えたのかのしれません。これも私の頭にいれ続けておきます。
by klaviermusik-koba (2013-09-06 09:09) 

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